
本書のカバーは、2001年10月に初版1刷として刊行されたもの。雑誌に連載され、1999年に単行本の刊行を経て文庫化。2016年1月には文庫の新装版が刊行された。
この作品は、もともと、ドリーム・キャスト用ゲームソフト「UNDER COVER」の小説版として構想されたが、オリジナルな物語として作品化され、ゲームソフトの発売前に出版されたという経緯があるようだ。
西暦2023年という近未来に起きる潜入捜査を扱ったハードボイルド小説。
舞台は東京。涼子は3年間の捜査三課勤務経験の後、巡査部長に昇級し、刑事部捜査第四課特殊斑に配属されていた。超美人で数カ国語を使えるという凄腕刑事。美しい薔薇のように棘を持つ女刑事でもある。
班長の岩永警視から受信の通話請求に対し、庁内コミュニケーションシステムにアクセスし、これからの任務について説明を受けた。それは崔(さい)将軍の組織にロングの潜入捜査を行うというものである。
崔将軍は3年前に、祖国崩壊を待たずに隠匿していた1トンの阿片を携えて半島を脱出し日本に密かに入国し、その阿片を資金源に自分自身の麻薬組織を確立。将軍はブラックボールの流通組織を作っていた。
20世紀の終わりに中国でモルヒネの代替薬「黒丸」が発明され、瞬く間に中国国内で広がった。その英訳名がブラックボール。アメリカ合衆国の提唱で設立された「国際麻薬機関」(INC)はブラックボールの供給者を躍起になって捜査している。INCは崔将軍がブラックボールの密造あるいは密売に関与していると見ていた。日本に流通組織があり、ブラックボールを運ぶ輸送車が日本国内を運行していることは、INCの調査で判明している。その輸送車がトラックジャックに遭遇している事実がある。
INCは1年かけて、崔将軍の組織にアンダーカバーを潜入させていた。その人物からINCを通じ警視庁に連絡が入った。組織では、トラックジャック防止の専門家を探しているというのである。
捜査三課所属の経歴を持つ涼子はトラックジャック捜査の経験を持っていた。そこで、適任者と判断されて、このロングの潜入捜査に関与するか打診された。岩永警視にこの任務を受託するかどうか決断せよと迫られる。
INCの調べでは、崔将軍の組織は高度に分業化されている。トラックジャックの防止対策のプロという切り札で、輸送部門組織に潜入し、組織の全容を解明することが目的とされる。どこでブラックボールが作られ、どのように流通しているかをつきとめることである。つまり輸送コンテナの摘発などという短期捜査ではなく、全組織の根絶をINCと警視庁が協力して行うという作戦。それ故に、ロングの潜入捜査に位置づけられている。
しかし問題点がある。涼子にはロングの潜入捜査の経験はない。INCから送り込まれたアンダーカバーについての情報がゼロである。崔将軍の組織のどこに、どんな人物がアンダーカバーとして潜入捜査に携わっているのかまったく正体不明なのだ。つまり、その人物の協力は得られないという覚悟で臨まねばならない。
涼子は任務を応諾する。それによって、涼子の履歴背景が作られていく。また警視庁は涼子の疑装のためにアパートを用意する。
櫟(くぬぎ)涼子は金在恵という故買屋をガサ入れの時射殺したことで、依願退職により警視庁を辞めたという履歴になっていた。医療用の向精神薬の抜き荷を扱う故買屋まで辿り、その故買屋とは月々の口止め料を契約し受け取っていた。ガサ入れの時に金が生きて逮捕されないように射殺したというシナリオである。トラックジャック捜査経験があるプロで悪徳刑事だったという背景疑装をしたカモフラージュ。
涼子は崔将軍の分業化された組織の一つである輸送会社のホー課長に接近していく。仕事を引き受け、ホー課長の管理するトラックを狙ったトラックジャックを防止することで実績を上げ、能力を認めさせるというプロセスを経て、具体的に活動を始める。
このトラックジャック防衛は第一段階である。それは涼子が崔将軍に直に会う機会を創出する手段なのだ。だが、まずこのトラックジャック防衛プロセス自体から結構過激なアクションの連続となり、これ自体が一つの読ませどころとなっていき、おもしろい。
トラックジャックには必ず内通者が居るはずという論理を涼子は主唱する。その内通者探索の仕事を引き受けることで、涼子は崔将軍に近づく手段にしようとする。その試みには超えるべき障害がいくつも横たわる。その障害を少しずつ排除する涼子の行動が、ステップアップのプロセスとして描かれる。勿論それはアクションの連鎖となる。
調査員という立場を獲得して内通者探索を始めた涼子は、龍と名乗る男に助けられる形で知り合う。そこから謎の男、龍と涼子の関係が紆余曲折を経ていく。
龍が崔将軍の近くに居る人物だと見えて来るのだが、純然たる敵の一人なのか、INCのアンダーカバーなのか・・・・。龍の動きが巧妙に描き込まれていく。涼子が逡巡するプロセスにホー課長が絡んでくるという形で、三者の動きが織りなされていく。
ナイフで平然と人を殺すこともするホー課長の心の動きがおもしろい。
この三者三様の思考と心理あたりはなかなか興味深い。涼子の人間味も織り交ぜられて、ほっとする部分もある。
また、涼子を評価する立場で大佐と少佐が立ちはだかってくる。大佐は崔将軍直属の部下であり、崔将軍を警備する立場で、祖国脱出時点から崔将軍の片腕。大佐の評価を得なければ、涼子は崔将軍に近づけない。もう一人の少佐も同様に崔将軍の片腕。大佐と少佐という二人の関門を突き破っていく策略を涼子がどう練っていくか。涼子がどのように突破していくかがもう一つの読ませどころとなっていく。
この近未来小説で興味深いのは東京都変貌の状況設定。高島平は老朽化が進み、財政破綻した東京都は改修工事を放棄する。そしてゴーストタウン化しているという設定だ。その一画は不法滞在外国人やホームレスに占拠された状態になっている。そこがトラックジャッカーに利用される拠点となる。高島平ゴーストタウンは、パトロールカーさえ巡回をためらう場所と化している。ここが涼子にとってはトラックジャッカーとの戦闘の場と化していく。
また、筑地の中央卸売市場は東京湾の臨海区に新しい卸売市場が建設され移転している。そして旧卸売市場は、ロシアやアジア系の食料品市場として再利用されることで、周辺部にはほとんど日本人が居住しなくなって、モスクが建ち、イスラム教徒のメッカと化す。イラン人の他にも、東京にはロシア人、チェチェン人、中国人などそれぞれのマフィアの前線がはびこってきているという状況となっている。
荒廃化が進む東京で、悪の集団が入り交じり対立し、抗争する。涼子は少しずつ情報を集めて、徐々に崔将軍に直接アプローチしようと果敢な行動、はなはだ痛快なアクションを繰り返していく。
遂に、崔将軍に直に会う機会ができたときには、意外な事実が判明していく。
龍が何者なのかも・・・・。そして、潜入捜査の終結場面は、ハッピーエンドの終わり方ではないという一捻りがある。
エピローグは2年後のワンシーン。ここには会話のやりとりが描き込まれている。
その一部は、こんなやりとりだ。
「悪いけどそれは話せないの。それに実は、あまりよく覚えていないのよ」
「覚えていない?」
「頭に傷を負ったの」
「なるほど」
「ご不満? 何だったら勝負してみる?」
「いや、やめとこう。俺は李、李建巡査部長だ」
「李ね。あたしは鮫島ケイ巡査部長よ」
鮫島ケイが李とパートナーを組み、天下の一課に所属する場面で終わる。
ご一読ありがとうございます。 【覚書 2016.3.10(木) 記】
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【 読書録整理函 】
gooブログで2011年8月から「遊心逍遥記」を開設。10年余続けた時点でログインでミスをして、ブロックがかかってしまい、復旧はできませんでした。それで、「遊心逍遥記その2」を新たに開設して継続。こちらはデータ移設が完了。
旧ブログ記事はその後、問い合わせもしてみましたが、データの移設不可という結論に。
読書感想・印象記は原稿を書いた後にブログ記事を掲載していましたので、当時の原稿はファイルとして残っています。
そこで、愛読作家の諸作品と手軽に参照したいものについて、カテゴリー別に抽出してまとめて、再掲載してみたくなりました。
「読書録整理函」として、私自身の記憶の引き出しづくりをしていきたいと思います。
掲載当時の読後感想・印象の本文を掲載いたします。どんな気持ちで読んでいたかの軌跡を残すためにも。再掲にあたり、凡ミス等に気づいた箇所は訂正を加えています。
当時、補遺としてネットで調べた事項を併載していました。ここには、アクセスが再確認できたものを併載します。
こちらもお読みいただければうれしいです。
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