
副題は「葉不見冥府路行」。「はもみずにあのよのみちゆき」とルビが振られている。副題が、歌舞伎っぽいなとまず感じた。
文庫本の末尾には、「特別対談 京極夏彦×松本幸四郎」が収録されている。
本作を読み、特別対談も読んだ後に、この読後印象記を書く今になって、念のためにネット検索してみると、令和6年8月歌舞伎座で「狐花~葉不見冥府路行」が上演されていた。京極堂新作歌舞伎が誕生していた。なるほどと頷く。当時は上演を知らなかった。
2024年7月に単行本が刊行され、加筆修正のうえで、2024(令和6)年12月に文庫化された。京極夏彦作品は、角川文庫で数々の作品が刊行されている。角川ホラー文庫として刊行されているのは本書が最初である。手元にある角川ホラー文庫版は今のところこれ1冊。
本作は、見出しが連なるだけの9章で構成されている。
死人花・墓花・彼岸花・蛇花・幽霊花・火事花・地獄花・捨子花・狐花
という見出しである。本書のタイトルは最後の見出しに由来する。
これらの見出しから類推できることだろう。曼殊沙華の花である。
《死人花》は、白い狐の面を付けた者(以下、狐と言う)が、尸林(しりん)にある荼枳尼天を祀る社に行こうとする。それを、しがない憑(つ)き物落としと自称する男が押しとどめようとして、問答する場面から始まる。狐はその男が武蔵野の晴明社の宮司と知っていた。後の章でわかるのだが、宮司の名は中禪寺洲齋。京極堂の曾祖父にあたる。
憑き物落としは狐に言う。「今ならばまだ引き返せると申し上げております。・・・・今ならば貴方はご定法を犯してはおりませぬ。貴方の為たことは赦されぬことかもしれませぬが、少なくとも法は貴方を裁けない。ですから」(p21)と。この一点での押し問答なのだが、ぐっと読者を惹きつける。
このストーリーは、作事奉行上月監物(こうづきけんもつ)の一人娘、雪乃(ゆきの)が、亡き母の月命日(がちめいにち)の墓参に出かけ、その墓地で二度見かけた男を、三度目として会えるかと探す。そして、小姓姿の若者を目にした。その若者は「淡い薄色の地に、鮮やかな韓紅花(からくれない)の墓花が染め付けられ」(p34)た柄の着物を纏っていた。「男は一礼し、赤い花を翻して、消えた」(p35)。雪乃の一目ぼれの始まりとなる。
《彼岸花》は、雪乃の父、上月監物の視点に転じる。監物の屋敷に、江戸一番の材木問屋、近江屋源兵衛と口入屋の辰巳屋棠蔵が呼び出され、上月家用人、的場佐平治を交えて密談の場となる。監物を含む4人の間には、25年前のある事が一蓮托生の問題として秘されていた。監物は、彼岸花柄の着物の男から雪乃宛に文が届き、雪乃付きの女中、お葉がその文を受け取って、雪乃に渡した。文を受け取ったときに、お葉は倒れ病みついてしまったという。監物は、一抹の懸念を感じ、近江屋と辰巳屋を呼んだのである。
それは、お葉が死ぬ前に、近江屋の登紀(とき)、辰巳屋の実祢(みね)に何としても会いたいと言っているということに、端を発していた。
《蛇花》は、夜陰に紛れて、登紀と実祢が、病んで床に臥すお葉を訪れる。お葉は「萩之介」の名を口にする。登紀と実祢は慄然となる。萩之介は死んでいる。殺したのだものとの自覚があるからだ。お葉もその後始末の手伝いをしていた。
「この世に居ないはずの男」が、雪乃の前に現れたと言う。
それぞれが、異なる次元で、曼殊沙華の柄の着物を纏った男、「この世にいないはずの男」が現れたという幽霊騒動を認識し始めて行く。まさに萩之介に関わるホラーが蠢き始める。
《幽霊花》は、口入屋である辰巳屋、美祢の許に萩之介が現れて事件が起こる。
《火事花》は、材木問屋の近江屋に作事奉行の用人・的場が訪れ、源兵衛、登紀とが話し合う。萩之介を殺した経緯が一層具体的に明かされる。だが、登紀の前に萩之介が現れる。倒れた手燭の炎が障子に燃え移り、火事に。
萩之介を見たと証言するものが増えて行く。
《地獄花》は、上月監物のところに戻ってくる。用人の的場は、萩之介の魔手が、雪乃に及んできたという。男に会いに行こうとする雪乃を留めるために、監物は雪乃を座敷牢に入れた。
的場はある男を雇ったと監物に告げる。その男が、囲町武蔵晴明神社宮守中禪寺洲齋である。中禪寺は己が得た情報を監物、的場に語ることから始める。中禪寺は、己をしがない憑き物落としと位置付けて、この奇妙な連続事件に関わっていく。
中禪寺は、己の立ち位置を明確に監物に告げる。
「幽霊は居ります。ただ、それは見る者の中に居ると言うだけ」(p184)
「(付記:人は)操られておりましょう。過去という・・・・・魔物に」(p185)
その先は、中禪寺が知り得た情報を整理分析し、己の論理的推論を語り始める。中禪寺の推論過程には、飛躍し発想の転換が加えられていた。このホラー現象の謎解きを推進していく。
中禪寺は監物にこんなことも語る。
「判らないものは判りません。識らぬことは語れない。上月様。宜しいですか。何もかも包み隠さずお教え戴けないのであれば、この仕事は出来ないのです。凡てを識らねば、案ずることも判ずることも叶わぬものに御座いまする。ですから、私はこの家に憑いた悪しきものを落とすことができません」(p198)
「心中に畏怖悔恨を抱える者は幽霊を見ましょう。しかし心中に憎悪怨嗟を飼う者は、魔物を見るのではなく・・・・・魔物となるのですこれは禍を為します」(p198)
《地獄花》の後半から、《捨子花》、《狐花》への事態の進展を、多いにお愉しみいただきたい。
監物と的場達の一蓮托生という秘密が根底に横たわっている。
巧妙に、二重三重に仕組まれた関係性が転換する。そのどんでん返しがスリリングである。この構想に脱帽!
ホラーは、人間の心とその所業にあると感じる・・・・・それが哀しい真実か。
ご一読ありがとうございます。
補遺
歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」初日開幕 :「歌舞伎美人 かぶきびと」
京極堂新作歌舞伎・「狐花」 :「歌舞伎素人講釈」
京極夏彦×歌舞伎『狐花 葉不見冥府路行』感想&人物相関図 :「浪漫の騎士」
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