遊心逍遥記

遊び心で本の森を逍遥し、その時の思いを残しておこうと始めました。

『欠落』 今野 敏 講談社

 本作は警視庁本部の刑事、宇田川亮太が中心人物。四月の人事異動の情報から話が始まる。かつて宇田川が特捜本部で組んで捜査をした土岐達朗が警視庁刑事部第一課の特命捜査対策室に配属予定であり、また、初任科同期の大石陽子が警視庁本部の捜査第一課特殊班捜査第一係、つまりSITと呼ばれる部署に配属予定なのだ。
 一方で、同期で警視庁本部公安部総務課に配属されていた蘇我和彦が突然、懲戒免職になっている。実は本当のクビではなくどうも特殊な極秘任務についているようだと宇田川は認識している。
 宇田川自身は、52歳の警部補植松義彦と組んで仕事をしている。
 正式な人事異動の後、宇田川は植松と共に、赤坂のベトナム料理店の個室で、土岐と大石の歓迎会を行う。そして、瞬く間に1ヵ月が過ぎ、事件が起こる。

 4月30日、午後3時25分、世田谷区で立てこもり事件が発生。特殊班の出番。人質は主婦。犯人は現金1000万円と逃走用の車を要求する。警察側は人質の身代わりを申し入れる。犯人はその申し入れに応じて、主婦の身代わりに大石が人質になる。
 その後、犯人と人質(大石)は、警察の用意した逃走車を使わず、警察の盲点を突き、主婦の自家用車で逃走に成功する。宇田川は同期の大石が無事か心配し続ける立場に置かれる。
 その矢先、狛江市の多摩川河川敷で女性の遺体発見という無線の情報が入る。この事件への出動指示が植松と宇田川に出る。遺体は首に索状痕があり吉川線と呼ばれる防御創もある。所持品なし。死後半日以上は経っていないと推測される状態だった。所轄の調布署に捜査本部が置かれる。宇田川と植松は事件にどっぽり巻き込まれて行く。
 人質となった大石のことを内心気に掛けている宇田川に、土岐から電話が掛かってくる。宇田川のことを思い、土岐が警視庁本部で入手できる大石関連情報を知らせてくれるというのだ。大石はそれに感謝しつつ、捜査本部の立った殺人死体遺棄事件の解決に臨む立場となる。
 宇田川は調布署の刑事佐倉友道と組み、鑑取り班に、植松は調布署の新谷久志と組み、別の班に組込まれる。佐倉は55歳の巡査部長。あと5年で定年だ。植松より3歳年上である。
 宇田川は捜査本部に届いた捜索願の膨大な資料から、性別と年齢で仕分けて調べるという地味な作業に10人の捜査員の一人として取りかかる。その作業中に、3ヶ月ほど前の死体遺棄事件がやはり身元不明の女性だったことを思い出す。関連性の可能性という推測を佐倉に話すと、佐倉は宇田川に言う。「捜査本部ではね、言われたことをやっていればいいんだよ。余計なことをすれば、他の捜査員に迷惑をかけることだってあるんだ」「私ら捜査員はね、事件を解決することなんて考えなくていいんだ。それは、捜査幹部が考えることだよ。私らはね、言われたことをきちんとこなせばいいんだ」(p70)と。
 その推測を管理官に話すことを佐倉は好きにすればいいと、否定はしない。宇田川は池谷管理官に思いついた考えを伝えに行く。管理官から一応、事件についての情報収集は了解される。

 そんな矢先に、蘇我が宇田川にのんびりとした口調で電話を掛けてくる。ニュースで立てこもり事件、人質交換の事を知り、女の捜査員は大石かという質問だ。だが、なぜか宇田川は電話が掛かってきたタイミングにひっっかかりを感じる。

 宇田川は、三鷹署管轄の井の頭公園での死体遺棄事件について未だ被害者の身許が割れない異例な状況にあることを知る。さらに沢渡哲彦捜査員から、井の頭公園での事件よりさらに2月前に、沖縄県警の事案として、那覇市内の波之上宮のそばの海岸での死体遺棄事件があったという情報を得る。沖縄県警と連絡を取り合っていたが、互いに捜査の進展がない状態だという。宇田川の係わる事案も被害者の身許調べが遅遅として進まなくなる。情報が得られない。これら3つの事件は連続殺人事件なのか・・・・・佐倉はそんな推測よりも、言われたことを着実に進めるだけだと言う。佐倉にはやる気がないのか。植松に愚痴をいうと、佐倉はそんな刑事じゃない、今にわかるという。

 宇田川の係わる事案も一種膠着状態に陥る、何も発見できない。一方、人質となっている大石を連れた犯人の居場所もつかめず、膠着した状況になっているという。そんな状況の中に、調布署の捜査本部に、警察庁警備局警備企画課の柳井芳郎警視正が参加してくる。警備企画課は全国の公安の中枢なのだ。殺人遺体遺棄の事件に公安が乗り込んできた。それはなぜか・・・・事件は思わぬ方向へ進展し始める。

 情報がない中で、宇田川は状況を論理的に思考して、仮説を組み立てる。

 本作は、同じ警察組織の中にあって、公安事案の観点と死体遺棄事件を扱う刑事部所轄事案の観点の違いが影で相克対立するという局面をはらんでいく。日本国では、検察官は潜入捜査や囮捜査は法的に認められていない。そんな中で公安が活動している局面がある。宇田川には自らの係わる死体遺棄事件が単独事件だとは思えなくなっていく。誰のために、何のために、捜査活動をつづけているのか・・・・宇田川には論理的に色々な疑問が錯綜してくる。
 蘇我と電話で連絡を取ろうと試みていて、偶然大石の携帯電話を押したことから、携帯電話が繋がる状態であると知る。勿論繋がった電話に応答がない。やっと蘇我とのコンタクトができるようになる。
 宇田川は論理的な仮説を推し進める。そこから事件を解明する糸口が見え始める。
 堂々巡りのようなスパイラルのプロセスを経ながら、事件は停滞から急激な進展へと突き進んでいく。宇田川がその梃子となっていく。

 公安と刑事部の二律背反、相克の局面を題材にした特異な作品である。
 この事件は著者の完全な机上空想の産物なのか。それとも、事実は小説より奇なりというごとく、内容は違えども、時にはこの種の事案が現実に世間に知らされないまま発生し見た目の落着が起こっているのか。スパイ天国と言われて久しい日本だが、こんな事案は絵空事だけのことであってほしい。小説としては、一時充分に楽しめる。
 
 本書のタイトル「欠落」の意味を一読することにより感じ取っていただきたい。

 

 ご一読ありがとうございます。   【覚書 2013.8.4(日) 記】

      【付記】1.単行本 2013年1月  講談社ノベルス 2014年10月
         文庫本 2015年11月      各刊行
         2.『欠落』は第2作で、『同期』が第1作。それで同期シリーズと称さ
        れている。『同期』についてブログ記事は書いていません。
        しかし、次のメモを残していました。ここにその覚書を転記します。


        宇田川亮太 警視庁刑事部捜査1課第5係 刑事 32歳巡査部長
        相棒 植松義彦 51歳 警部補 - 名波係長 - 

        月島署管内 晴海の運河で刺殺遺体がドザエモンとして発見される。
        被害者は指定暴力団・板東連合系石波田組の元幹部
        そこに関西の広域暴力団系の桂谷組との抗争問題が絡んでいる。

        月島署に特別捜査本部が設置され、組対四課が主導で捜査1課他が従
        での捜査活動が始まる。
        捜査活動で、宇田川は土岐というベテラン刑事と組む。

        暴力団事務所の家宅捜査に入り、そこから逃走した者を追跡中に、発
        砲を受ける。その場を、同期の蘇我が体当たりをして助けてくれる。
        その蘇我が突然、懲戒免職になり、行方不明となる。それを不審に思
        う宇田川が個人的に調査をするが、それを公安が阻止しようとする。

        そこから話が思わぬ展開に結びついていく。

        組織暴力団の抗争を原因とする捜査方針が、桂谷組組員の石田伸男の
        刺殺体発見により、蘇我を容疑者とする捜査に転換。さらにヒットマ
        ンの存在という殺人事件捜査に方針が転じていく。
        だがその背景には政治レベルでの贈収賄を含む安保マフィアの存在、
        それに対立する民族系右翼の理論家八十島秋水の存在が絡んでいる。
        公安事案として蘇我が潜入捜査をしているという事実があきらかにな
        る。だが、その蘇我が三人目の殺人ターゲットになっている。

        『同期』は、単行本 2009年7月 講談社ノベルス 2011年7月
              文庫本 2012年7月   各刊行

 

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【 読書録整理函 】

gooブログで2011年8月から「遊心逍遥記」を開設。10年余続けた時点でログインでミスをして、ブロックがかかってしまい、復旧はできませんでした。それで、「遊心逍遥記その2」を新たに開設して継続。こちらはデータ移設が完了。
旧ブログ記事はその後、問い合わせもしてみましたが、データの移設不可という結論に。
読書感想・印象記は原稿を書いた後にブログ記事を掲載していましたので、当時の原稿はファイルとして残っています。

そこで、愛読作家の諸作品と手軽に参照したいものについて、カテゴリー別に抽出してまとめて、再掲載してみたくなりました。
「読書録整理函」として、私自身の記憶の引き出しづくりをしていきたいと思います。

当時、補遺としてネットで調べた事項を併載していました。それらは割愛し、掲載当時の読後感想・印象の本文だけを掲載いたします。どんな気持ちで読んでいたかの軌跡を残すためにも。再掲にあたり、凡ミス等に気づいた箇所は訂正を加えています。

こちらもお読みいただければうれしいです。

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