遊心逍遥記

遊び心で本の森を逍遥し、その時の思いを残しておこうと始めました。

『ジェノサイド』 上・下   高野和明   角川文庫

        

 「ジェノサイド」というタイトルに関心を抱いた。genocide は「(民族などの)大量虐殺。集団殺戮」と訳される。この語を小説のタイトルにするとはどのようなストーリーなのか。それが読む動因となった。
 本書では、上巻のp60に、「大量殺戮だ」という会話文に、ジェノサイドというルビを振る形で初出する。

 私にとって、初作家さんへのアプローチは、市の図書館に蔵書があれば借りて読むことが多い。最初の数ページで投げ出すかもしれないので・・・・。本書もそうした。

 本作には、プロローグの書き出しの数ページで惹きつけられた。冒頭は「移り住んだ豪邸での生活は、・・・」で始まる。3行目にグレゴリー・S・バーンズと名前が出て来る。次のページで、「まず、足元に置いた重量40ポンドのブリーフケースを部屋から出す。・・・・・このケースは、『核のフットボール』と呼ばれている」と出てきて、その後に「おはようございます。大統領閣下」と来る。この豪邸ってホワイトハウス!バーンズは大統領!その後、即座に朝の「大統領日例報告」会議のシーンに転じる。
 「我々が行っている『特別移送』に関する情報がリークされたようです」の発言、最後の報告案件が「人類絶滅の可能性 アフリカに新種の生物出現」と続く。こんなフレーズを読むと、引き込まれずにはいられない。ストーリーのスケールが大きくなりそうな予感を誘う巧みな導入。

 カバー折り返しに記載の著者プロフィールを読むと、本作は山田風太郎賞日本推理作家協会賞の受賞作。それで、ナルホドと感じた次第。
 本作は「野性時代」(2010年4月号~2011年4月号)に連載発表された後、2011年3月に単行本として刊行され、平成25年(2013)12月に文庫化されている。

 

 本作の構想は興味深い。3つの異なる立場、つまり3軸の活動状況がパラレルに進展し描き出されていく。そこに、+αの要素が加わる。やがてそれらの活動が収束し統合される。
 第一の軸は、バーンズ大統領が会議に臨み諸事項を決断するにつれて即応的に変化する政策実行の実態を描く。この軸がストーリーでのアクションの発動元。だが、ストーリー全体の流れでは、サブストーリーに位置づけられる。主に、CIA長官ロバート・ホランドと、シンクタンクのシュナイダー研究所に属するアーサー・ルーベンスの視点から状況が描写される。ルーベンスは目的とする対象に「ヌース」、この特別計画自体に「ネメシス」という暗号名を冠して、バーンズ大統領が求める特別計画を立案する。この『ネメシス作戦』はバーンズ大統領の承認を得て発動した。ルーベンスはこの作戦に深く関与していく。ルーベンスの関与のしかたと、意識の変化プロセスが読ませどころと言える。
 第一部は「ハイズマン・レポート」というタイトル。このレポート自体が、ネメシス作戦の背景に大きく関わりを持っている。ハイズマン・レポートを作成したのは、シュナイダー研究所だった。そのレポート内容が徐々に明らかにされていく点が興味深い。人智の及ぶ思考スケールが大きく関わることに・・・・・。

 

 第二の軸は、このネメシス作戦を実行する部隊の活動を描く。ネメシス作戦の具体的な実行は、4人の選抜された優秀な傭兵に託される。4人は特殊部隊編制の最小人数。
ジョン・イェーガー:チーム・リーダー。ウェスタン・シールド社(民間軍事会社)

  所属。合衆国の軍事情報について、TSレベルの機密取扱資格保持者。

  空挺資格あり。
  イェーガーには、肺胞上皮細胞硬化症という難病を病む息子が居る。

  余命は一ヵ月。ポルトガル人で世界的権威ガラード先生が主治医。

  治療費用非常にがかかる。イェーガーが傭兵となっているのはこの息子の為。
スコット・マイヤーズ:白人。元合衆国空軍。空挺資格あり。
ウォーレン・ギャレット:白人。元海兵隊武装偵察部隊と自称。空挺資格あり。
ミキヒコ・カシワバラ:日本人。自衛隊出身。元フランス外人部隊。空挺資格あり。

 この4人は、南アフリカ共和国ケープタウンに所在の民間軍事会社、ゼータ・セキュリティ社で事前訓練を受けて、そこでネメシス作戦の内容について、任務に関わる特定情報だけ知らされる。『第一次アフリカ作戦』と呼ばれる大戦争が進行中で、「大量殺戮」が現実に行われている只中のコンゴ共和国に潜入する。現地の戦争とは無関係の任務。
 事前訓練の最終段階で、イェーガーら4人は、作戦暗号名を「ガーディアン」とし、コンゴのイトゥリの森で、「カンガ・バンド」と呼ばれる狩猟キャンプの一つを突き止めて、40人ほどの集団を殲滅することが作戦内容だと知らされる。そこには、ナイジェル・ピアースという人類学者が一緒に居る。彼ら全員がこの森で発見された新種のウィルスに感染している。発症すれば誰も助からない。世界中に感染爆発が起こると人類が絶滅する恐れがある。だから殲滅なのだと。さらに、見たことのない姿形の動物に遭遇したら真っ先に殺し、死骸を丸ごと回収しろと指示が加えられた。
 実行部隊によるガーディアン作戦が始まる。だが、そこには知らされていない事柄、欺瞞が含まれていた。
 この第二の軸が、本作のメイン・ストーリーと言える。勿論第一の軸が不即不離の反面として進行していく。作戦からはコインの両面。その関わり方の変転が読ませどころになる。

 40人ほどの集団の殲滅が本当に必要なのか。新種のウィルス罹患ということは事実なのか。異形の生物とは一体何なのか。現地の戦争状況と無関係で任務遂行ができるのか。ナイジェル・ピアースはどういう人物なのか。
 イェーガーらは、ピアーズから真実を聞く羽目になる。それを裏付ける歴然とした事実を見ることに・・・・・。それが新たな行動に繋がっていく。

 この第一の軸と第二の軸の活動の進展に影響を与えていく独立した謎の要素が加わる。この要素が重大な関りを現出する。だが当初は茫漠としていて、徐々にその要素の正体が明らかになっていく。これがこのストーリー進展上の興味深い謎であり、かつ重要な側面でもある。最終ステージで、事実がみえてくる。お楽しみに。

 

 第三の軸は、日本で進展して行くストーリー。大学院二年生の古賀研人が父誠治の急死に直面する場面から始まる。死因は「胸部大動脈瘤の破裂」。三鷹の駅で倒れ、救急指定病院に搬入された。病死であることを研人は確認した。研人は東京文理大学の創薬化学の教室で有機合成の研究をしている。この研人の人生が一変する。なぜか。
 父の初七日の法要も終え、大学の研究室に戻った時点で、研人は死んだ父親からの「研人へ、父より」という電子メールを受信する。これが始まりとなる。そのメールには、「アイスキャンディで汚した本を開け」という謎めいたメッセージが記されていた。
 この本を父の書斎で探しだした研人は、黒いA5サイズのノートパソコン、「スズキヨシノブ」名義のキャッシュカードを父親から託されることに。さらに、町田市にあるアパートに行けとの指示を読む。古アパートにたどり着いた研人は、アパートの部屋で奇妙な実験室と実験ノート、白いA4サイズのノートパソコン等を発見する。
 実験ノートに挟まれた封筒の中には、パソコンで印字された具体的な研究内容が記されていた。父の指示は、研究を引き継ぎ一人で行い、2月28日までに完成させよという。
 白いパソコンのOSは有機合成研究者には馴染みのないもの。研人は父の指示には反するが、協力者を見つけねば研究を継げないと判断する。友人の坂井の協力を得て、韓国人留学生の李正勲という優秀な協力者を得、チームを組む。ここから二人は創薬に邁進する。
 研人は、白いパソコンに内蔵された「GIFT」というソフトに入力されている「変異型GPR769」から、「肺胞上皮細胞硬化症」に対する創薬開発だと突き止める。先輩で吉原というインターン中の医師に会い、「肺胞上皮細胞硬化症」についての情報を得ようとする。すると吉原が受け持ちの患者の中に、肺硬症の症状で入院中の少女、小林舞花が居ると研人に語る。その少女の状態を研人は集中治療室の外から眺める。彼女もまたあと1ヵ月の命だと吉原から聞くことに・・・・・・。小林舞花の存在が、研人の創薬開発に新たな目的を加える。
 この第三の軸の進展はコンゴと無関係ではなかった。研人の父は、かつてコンゴに調査研究で行ったことがあり、ナイジェル・ピアースと現地で交流した時期があったのだった。それが第一の軸のストーリーにおいて一要因として関わりを疑われ、その影響が研人に及んでくる。研人は独自に父親の過去についても調べ始める。父親を理解するために。
 この第三の軸は、創薬開発のプロセスというものをイメージするのにも役立つ。

 研人と正勲のチームは、創薬に成功するのか? ちょっとハラハラしながらその進展を読者は読み進めることになる。
 まさに、このストーリーの後半は三つの軸でのそれぞれの活動の進展が、合流し収束し始める。一気読みに繋がっていくところで、エンターテインメント性を発揮している。

 この第三の軸の進展において、「GIFT」という創薬開発ソフトには、おもしろい落としどころが組み込まれていた。お愉しみいただきたい。

 

 最後に印象的なフレーズを引用し、ご紹介する。この小説のテーマにもリンクしていると私は思う。
*言葉っていうのは、言葉が指しているものを知っていないと理解できないんだ。下、p34
*将来の近親婚による交配では、イェーガー夫妻を襲ったのと同じ悲劇が起こり得る。生まれて来る子供が、両親の双方から同一の病因遺伝子を受け継いでしまうリスクが高くなるのである。  下、p296
*失敗のない人生などあり得ないし、その失敗を生かすも殺すも自分次第だということだ。人間は失敗するだけ強くなれる。それだけは覚えておきなさい。  下、p382
*これからは、自分たちの頭で頑張れってことかな。   下、p408

 

 アメリカ、コンゴ、日本の3地域をからませて進展するスケールの大きいストーリー。SFがらみであり、エンターテインメント性豊かなストーリーに仕上がっている。


 ご一読ありがとうございます。

 


 現実のアフリカ大陸中央部地域のことは、日常生活においてほとんど意識にのぼって来ないのが実態である。そこで、少し事実情報をネット検索してみた。以下、検索事項を列挙する。 
ルワンダ虐殺  :ウィキペディア
ジェノサイドの記憶:ルワンダのサバイバーの物語 国連広報センター  YouTube 
NHKスペシャル なぜ隣人を殺したか~ルワンダ虐殺と煽動ラジオ放送~ 

                  :「NHK

ルワンダ:ジェノサイドから30年 一刻も早い正義を  

                   :「 AMNESTY INTERNATIONAL」
コンゴ共和国   :「外務省」
コンゴ民主共和国 :「外務省」
コンゴ共和国    :ウィキペディア
コンゴ民主共和国   :ウィキペディア
コンゴ共和国 (レオポルドヴィル)  :ウィキペディア
コンゴ動乱   :ウィキペディア
中央アフリカ共和個億の地質と鉱物資源  :「産総研地質調査総合センター」
      小村幸二郎著   pdfファイル
JICA中央アフリカ共和国鉱物資源調査報告書  JICA報告書PDF版
ピグミー   :ウィキペディア
人類の低身長化の過程で新発見、ピグミーの研究で :「NATIONAL GEOGRAPHIC」